コラム Column

2月のコラム 2020年2月

雑感<その3>

  「呼吸法」について
 歌唱に於ける大切な「呼吸法」について述べてみよう。
「呼吸」は音声器官の重要な一要素であるが、私たちは口や鼻から空気(酸素)を吸い肺に入れ再び口や鼻から炭酸ガスとして排出している。この動作を「呼吸」と呼び、無意識的に休みなく行っている。
日常的には無意識呼吸で充分であるが、歌うときにはこれを意識的なものにしなければならない(呼吸の制御)。
ここに「普通の呼吸」と「歌唱の呼吸」の違いがある。
 普通~無意識呼吸~吸気が中心
 歌唱~意識呼吸~呼気が中心


 無意識的な呼吸の原理とは、まず肺は自分の力では運動はできない。肺を大きく拡げてといっても肺自体では無理であり、胸郭の運動によって空気の出し入れは行われているからである。胸郭すなわち肋骨の働きである。この肋骨は十二対あり七対は胸骨に付着し、あとは胸骨から遊離している。故に肋骨内の容積を自由に変化させられる。変化させる主役は筋肉であり肋骨拳筋(背骨と結ぶ筋肉)と肋間筋がそれに相当する。
空気を吸うときはこの筋肉が肋骨を押し上げ拡げ、吐くときは主に肋骨自体の重さで収縮する。


 一般に「呼吸」には胸式と腹式があると言われるが、歌唱に於いてはこの腹式呼吸を中心に用いた方が良い。前述のようにただ生理的な呼吸であるなら胸式でも腹式でも問題はないが、歌うための呼吸は吐く息をできるだけ長く持続させる必要がある。しかも肋骨は私たちが考える以上に重いもので、肋骨を肋骨拳筋と肋間筋によって押し上げ拡げた状態で保つことは非常に苦しいものである。
そのために不本意ながら首筋・肩・腕等、周囲の筋肉の硬直を招いてしまう。「歌う」と言う事は呼吸だけが最終目標ではない。滑らかな声を表現することが大切であり空気の出し入れに必要な筋肉以外は柔軟に保つことが重要になる。


 そこで必要になるのが横隔膜である。すなわち「腹式呼吸」である。腹式呼吸は別名横隔膜呼吸と言い、肺に入った空気を横隔膜によってコントロールすることである。横隔膜は胸腔と腹腔の二大体腔を分離して存在し胸腔に向かって凸面を為している。そして周囲の筋肉の収縮により横隔膜も収縮し凸面が平面になり、胸腔が拡がり腹部臓器が下方におしつけられるのである。外見上は腹部と側部が膨らむことになる。私たちが横隔膜呼吸の訓練の目安をこの膨らみを意識することによって確認することも一つの方法である(横隔膜側腹呼吸)、そのためには腹筋をはじめとする腹部周囲の筋肉(呼吸筋)の鍛錬が不可欠となる。


  さて、それでは今まで述べてきた胸式呼吸と腹式呼吸の知識を前提に歌唱における理想的な呼吸法とは何かを考えたとき、私は胸式と腹式を調和した「胸腹呼吸」であると答える。胸式呼吸の欠点は前述したが、よく歌唱のときは胸式ではなく腹式でなければいけないと言われるが、本来そのような言い方は偏っている。なぜなら「胸郭を拡げ横隔膜を下げる」ことによって立派な胸腔ができあがるからである。
ただ胸郭と横隔膜の復元力を意識的にコントロールするためには、より腹部(身体の低い位置)に中心の感覚を置くということが大切になる。このことを私たちは「息の支え」と呼んでいる。この支えの感覚は発声時の最も大切な基調であり記しておく。


アンサンブル研究会代表 渡邊 一夫