歌曲アンサンブル研究会
研究会について
歌曲アンサンブル研究会は1997年、二期会ドイツ歌曲研究会のピアニストを中心に、「歌曲伴奏研究会」としてスタートし、21世紀を迎えるにあたり、アンサンブルの重要性を再認識すべく「歌曲アンサンブル研究会」と改称し、現在に至ります。
約100名のピアニスト、声楽家、作曲家と一般会員により、歌曲を中心に「例会・公開レッスン講座」、「試演会」「定期コンサート」の活動を行い、「研究会便り」を発行しています。
例会では、これまでに会の趣旨に賛同された各分野の第一線で活躍される多くの方々を、講師に招いています。海外からもウィーン国立歌劇場の専属歌手として活躍されたオリヴェラ・ミリャコヴィチ女史をはじめとして,元シュトゥットガルト国立音楽大学教授のブルース・アーベル氏他、経験豊かな講師陣をお迎えしています。
各会員の積極的な参加意欲次第で多彩な勉強ができる、他に類のない研究会です。
研究会に入会を希望される皆様へ
会への入会資格は特に設けておりません。
会員の年齢は幅広く、その顔ぶれも演奏家、音楽教育家、学生、音楽愛好家などさまざまです。歌曲に興味さえあれば、ピアノとのアンサンブルは未経験(一般会員)という方もお待ちしております。多彩な演奏家、教育家の適確なアドバイスのもと、経験を重ねていくことができます。
例会での演奏は、会員から公募され受講は無料で、充実した内容と和やかな雰囲気は定評があります。
また当会では音楽愛好家も歓迎しております。
入会を希望される方は、まず例会の聴講をお勧めいたします。
入会後は毎月「研究会だより」が送付され、3ヶ月先までの例会案内と共に、会員相互の交流の場にもなっています。
12月の例会のお知らせ 2024年12月
第273回 12月例会
青山恵子氏(メゾソプラノ)プロフィール
島根県出雲市出身。東京藝術大学声楽科卒業。同大学院博士課程修了。プログラム
これからの例会
第274回 1月例会
第275回 3月例会
第276回 4月例会
※曲目は変更になることがあります。
※会員以外の方で参加をご希望の場合は、メンバー募集のページをご覧ください。
中田喜直生誕100周年に寄せて 2023年9月
中田喜直と西欧音楽
朝の連続テレビ小説『らんまん』で、要潤扮する田邊教授が「これからフランス人音楽家を招聘するべく…」と話すシーンがあった。実際、明治初期、西欧音楽を取り入れるのに、西欧のどの国に範を取ろうとしたか…最初は、少なくとも軍楽隊、吹奏楽関係にはフランス人音楽家が招かれていたようであり、その後政府の思惑や、ドイツ人音楽家とフランス人音楽家の人脈争いの結果、ドイツ音楽が日本では主流になったというような事情もありそうである。かくて日本の楽壇はドイツ一辺倒になり、それが21 世紀も四半分過ぎようとしている現代にも続いていると言えなくもない。
多くの声楽曲を世に送った山田耕筰(1886-1965)は、独墺圏に留学し、Richard Strauss(1864-1949)に、作曲家としても指揮者としても深い敬意を持ち、影響を受けているが、一方で、「日本独自のものを音楽として表現する」ためにはそれだけでは足りないと考えていた。Aleksandr Nikolaevich Skryabin(1872-1915) の神秘主義,そしてClaude Debussy(1862-1918)の音楽に大変関心を持っていたようで、東京音楽学校に作曲科がなかった時代に声楽科を卒業した彼は、1919 年にドビュッシーの歌曲『鐘Les cloches』『樹かげL'ombre des arbres』『涙はわが胸に注ぐIl pleure dans mon coeur』『夕べの響きL'harmonie du soir』などを自身の声楽リサイタルで歌唱した。これが日本におけるドビュッシーの歌曲の最初のまとまった公開演奏ということである(没後わずか1 年)。また翌年は指揮者として『放蕩息子L'enfant prodige』『牧神の午後への前奏曲Prélude à l'après-midi d'un faune』を取り上げていることからも、山田のドビュッシーに対する関心の深さが判る。このあたりがたとえば、同年配で同時代を生きた、ドイツの古典派をあくまでベースとした信時潔(1887-1965)と好対照をなしていると言えそうである。
橋本國彦(1904-1949)は、信時潔に作曲の手ほどきを受け、やはり同様にドイツ音楽の影響から出発したが、フランス滞在経験がある詩人深尾須磨子(1888-1974)との出会いにより、Debussy、Maurice Ravel (1875-1937) に興味を持ち始める。やはりフランスに留学し、日本におけるフランス歌曲演奏の本格的な始祖と言えるソプラノ荻野綾子(1898-1944)が演奏した、深尾須磨子の詩による『斑猫』『舞』は、日本独特の音楽と西洋音楽を理想的に結びつけた作品として当時センセーショナルなものだった。
中田喜直(1923-2000)は『早春賦』の作曲者中田章(1886-1931)を父に持ち、兄はやはり作曲家の中田一次(1921-2001)という音楽一家であった。自身の記述によれば、実兄一次が東京音楽学校作曲科への入試準備を始めて、「平行五度、平行八度は禁止」などとやっているのを見て、あんな理屈っぽいことをするのはいやだ、作曲科には行くまいと考えてピアノ科に入学したそうである。入学後の和声の授業で彼の担任となったのは幸運にも橋本國彦であった。幸運にも…というのは、こうした授業は学生の希望ではなく、機械的な名簿の割り振りだからである。橋本の指導は「無味乾燥な規則」の授業ではなく、大変音楽的であったことを中田は語っている。こうしたことはたとえばパリ国立高等音楽院の和声教育などにもある問題点であって、「点数を引かれない完璧な答案が書ける」ということと「音楽的」ということは時に一致しないのは、たとえば名教師と言われたHenri Challan(1910-1977)の“功罪”について筆者自身がフランス人音楽家からいろいろ聞いたことからも判る。Challan については、日本では、三善晃(1933-2013)も、押さえた筆致ながらかなり批判的な文章を書いているが…
第二次世界大戦で完膚なきまでに叩きのめされた日本は、しかし再興の機会を得たとも言える。兵役から戻った中田喜直は、新しい音を模索していた。それまでの日本の土臭い音楽にただ西洋和声を付けただけではない音楽、それまでとは違ったムーヴメントの音楽。三好達治(1900-1964)の詩集を読んでいて『甃のうへ』の楽想が突如浮かび、それから爆発的に多くの歌曲を書いたと語っているが、それまでの日本の歌になかった軽やかな音の運び、詩の語りかけは、戦後10 年ほどに書かれた合唱曲などとともに、当時は大変新鮮な印象を人々に与えたものと思われる。新しい音の響き、音の運びということについては、ソプラノ浅野千鶴子(1904-1991)によるフランス歌曲の演奏にも多くの刺激を受けたと語っている。
新しい音作りの模索、という点で、『三好達治の詩による歌曲集』『マチネ・ポエティクによる四つの歌曲』は興味深い。前者の第二曲「すずしきうなじ」は明らかにGabriel Fauré(1845-1924)に刺激されたあとが伺えるし、後者では、福永武彦(1918-1979)加藤周一(1909-2008)と言った仏文学者たちが、西欧の詩のような韻の踏み方を日本語の詩でも試みるというマチネ・ポエティクの運動の中で作られた詩を取り上げて作曲するという試みをしている。
現代の目で見れば、あまりにフォーレの剽窃になってしまっている部分があったり、マチネ・ポエティクという運動にしても、日本語でそうした韻を踏むと何だか語呂合わせのようになってしまったりで、必ずしも成功してはいないところもあり、現実にすぐ廃れてしまったのであるが、しかし「新しいものを作る」という意欲はやはり評価するべきであろうし、中田喜直作品が、現代の声楽家や声楽を学ぶ学生まで長く歌い継がれているということは、多くの芸術作品に見られる「時の流れに耐えた」ということなのだろうと思われる。
(武田正雄~22年の滞仏後2006年より日本での教育・演奏活動を開始。現在東京音楽大学及び同大学院講師、研究団体Mouvement perpétuel主宰。フランス音楽コンクール審査委員長、国際声楽コンクール東京副審査委員長)
11月のコラム 2021年11月
雑感<その12>
前回に続いて薄幸な少女<ミニョンの歌4曲>をテーマに述べてみたい。F.シューベルトの作品とH.ヴォルフの作品に於ける「Mignons Gesang」、この楽曲を下記歌唱者4名のプログラム構成をCDから抽出してみた。彼ら歌唱者がミニョンの境遇を、そして繊細な感受性を如何にとらえているか、そしてF.シューベルト及びH.ヴォルフの音楽を如何に歌っているか、彼らのプログラム構成と詩の大意を参考に感じてみよう。
F.シューベルト作曲
歌唱者:クリスタ・ルードッヴィヒ(アルト)
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D877-4 ただあこがれを知るひとだけが
(挿入曲あり)
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D321 ご存じでしょうかレモンの花咲くあの国を
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D877-2 語れとはいわないで、黙っているがよい
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D877-3 もうしばらくこのままに
「Mignons Gesang」歌唱者:グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D321 ご存じでしょうかレモンの花咲くあの国を
(挿入曲あり)
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D877-2 語れとはいわないで、黙っているがよい
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D877-3 もうしばらくこのままに
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D877-4 ただあこがれを知るひとだけが
「Mignon・Harfner」(D877-4の詩によるミニョンと老竪琴弾きが歌う)二重唱」D877-1
歌唱者:エリーアメリング&ディートリヒ フィッシャー=ディースカウ
H.ヴォルフ作曲
歌唱者:エリザベート・シュワルツコップ(ソプラノ)
「Mignons Gesang Ⅰ」ミニョンの歌Ⅰ 語れとはいわないで、黙っているがよい
「Mignons Gesang Ⅱ」ミニョンの歌Ⅱ ただあこがれを知るひとだけが
「Mignons Gesang Ⅲ」ミニョンの歌Ⅲ もうしばらくこのままに
(挿入曲あり)
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 ご存じでしょうかレモンの花咲くあの国を
歌唱者:アンネ・ソフィー・フォン・オッター(メッゾ ソプラノ)
「Mignons Gesang Ⅰ」ミニョンの歌Ⅰ 語れとはいわないで、黙っているがよい
「Mignons Gesang Ⅱ」ミニョンの歌Ⅱ ただあこがれを知るひとだけが
「Mignons Gesang Ⅲ」ミニョンの歌Ⅲ もうしばらくこのままに
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 ご存じでしょうかレモンの花咲くあの国を
大意(大意のプログラム構成については、筆者の意図を示してみた)
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 ご存じでしょうかレモンの花咲くあの国を
ご存じでしょうか、レモンの花咲くあの国を、
繁った葉かげにオレンジが実り、
紺碧の空からは爽やかな風がそよぎ、
ミルテの木はひっそりと、月桂樹は高く生い立つ国。
あの国をあなたはご存知でしょうか?
その国へ!その国へ!
あなたと一緒に行きたいのです、ああ、愛する人よ。
ご存じでしょうか、円柱が支えるあの家を
広間は華やかに、居間は落ち着き
大理石の立像が私をやさしく見つめて、
可愛そうな子よ、お前になにをしたのだ、と。
あの家をあなたはご存知でしょうか?
その国へ!その国へ!
あなたと一緒に行きたいのです、ああ、愛する人よ。
ご存知でしょうか、雲に包まれた山あいの小道を
ロバが霧の中喘ぎ行く山道、
太古の洞窟には大蛇が住み、
そそり立つ巌、その巌から落ちる滝、
あの山をあなたはご存じでしょうか、
その国へ!その国へ!
さあ、一緒に行きましょう、ああ、父なるひとよ!
「Mignons Gesang Ⅰ」ミニョンの歌Ⅰ語れとはいわないで、黙っているがよい
語れとはいわないで、黙っているがよいと言い付けてください、
秘密を守るのが私のつとめなのですから。
胸に抱いているもの全てをお見せしたいのですが、
許されないのが私の運命なのです。
時が来たら、明るい太陽の光が暗い夜を払い
その秘密が明るむにちがいありません。
かたい巌でさえその胸をひらいて
深く秘めた泉を地にそそぐことでしょう。
私たちは親しい人の腕の中に憩いを求め
歎きを打明け心の悲しみを癒すことができるのです。
心の誓いが私の唇をかたく閉ざしているのです。
それをあけさせることのできるのは神様だけなのです。
「Mignons Gesang Ⅲ」ミニョンの歌 Ⅲもうしばらくこのままに
もうしばらくこのままの姿でいさせてください、
この白いロープを脱がさないでください、
この美しい地上から、あの暗い世へ
私は急ぎ足でおりて行くのです。
あの暗い世でしばらくの間じっとしていれば
やがて新しい目覚めに慣れるでしょう。
そうしたら、私はこの清らかな着物も
帯も冠も要らなくなるのです。
あの天上のひとびとたちは
男女の区別なく身体は浄化され
もう衣服もロープもまとうこともありません。
世の苦労もなく生きてきましたが、
深い苦しみだけは深く味わいました。
その悲しみのために余りに若くして老けてしまいました、
今一度、永遠の若さを私にお与え下さい
「Mignons Gesang Ⅱ」ミニョンの歌Ⅱ ただあこがれを知るひとだけが
ただあこがれを知る人だけが
私の悩みごとは分かりません。
ただひとり、すべての喜びから離れて
はるか彼方の天空を仰ぎます。
ああ、私を愛し知るひとは
遠いところにいるのです。
眼はくらみ、胸は燃えています。
あこがれを知る人だけが
私の悩みごとは分かりません。
10月のコラム 2021年10月
雑感<その11>
テーマは、ゲーテ長編小説「ウィルヘルム・マイステル修行時代」より前回「竪琴弾きの老人の歌3曲」(シューベルト作曲・シューマン作曲・ヴォルフ作曲の作品)について述べたが、ここで、H.ヴォルフの曲順に従って大意を記しておく。
大意
「竪琴弾きの歌 1」Wer sich der Einsamkeit ergibt 孤独に身を委ねる者は
孤独に身を委ねる者は
ああ!やがて一人になってしまう
人々はみな生き愛しているが
孤独な者はその苦しみに残されてしまう
そうだ!私の苦悩に我が身を委ねよう!
いつの日か孤独になることが
出来るなら
もう私は一人ではないのだ
恋する男がそっと忍び寄り
愛するひとが一人きりかと伺う
そのように昼夜忍び寄る
孤独な私に苦しみが
孤独な私に苦悩が
ああ!私がいつの日か墓に入って
一人になれるなら
苦悩も私を一人にしてくれるだろう!
「竪琴弾きの歌 Ⅱ」An die Türen will ich scheichen 家々の戸口に忍び寄って
家々の戸口に忍び行き
静かに慎み深く立ちましょう
心深い方の手が食べ物を与えてくれ
私はさらに次の戸口をたずねるだろう
人は皆私のそんな姿が目の前に現れれば
自分が皆幸福に思えよう
彼らはひとすじの涙を浮かべるが
それが私には何故だか分からない
「竪琴弾きの歌 Ⅲ」Wer nie sein Brot mit Tränen aß 涙してパンを食べたことのない
者や
涙してパンを食べたことのない者や
悲しい夜毎ベッドに座って
泣き明かしたことのない者は
おのれの神聖な諸力を知ってはいない
あなた方は私たちを人生の中に導き
哀れな者に罪を負わせ
そして苦しみに没頭させている
すべての罪は地上において罰せられているから
前回述べた主人公マイステルをとりまく人間は多いが、作中の人物や出来事を織りなしているのは<ミニヨンと老竪琴弾き>の物語であると言える。薄幸な少女ミニヨンとその不幸な父親であった老竪琴弾きとの運命は、全巻を通して最も美しく最も深奥な人物像として描かれている。
竪琴弾きの老人は罪と後悔を歌い、ミニヨンは女への憧憬を歌っている。
今回はシューベルトの作品から、薄幸な少女<ミニヨンの歌4曲>をテーマにして述べてみたい。
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D.321 ごぞんじですかレモンの花咲く国
寒い北国ドイツのサーカス一座に加わっていたミニョン、その哀れな姿を見たヴィルヘルムは彼女を助ける。
彼女はヴィルヘルムを父と呼んでいるが、それは彼への恋する思いを装っているのであった。
そして幼き頃の南国への憧憬と彼への情熱を激しく歌っている。
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D.877-2 語らずともよい、黙っているがよい
彼への想いを秘密にしておくのが私のつとめです、いつの日か自ずと明らかになるでしょう。
私の心は友の腕に安らかに抱かれてこそ悲しみを癒すことができるのです。
それを明かすことができるのは神様だけなのです。
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D.877-3 もうしばらくこのままに
寒い北国、充たされない彼への思慕、繊細なミニョンの感受性は心臓を害し衰弱していく、私は間もなく美しい現世からあの世へといってしまうでしょう。
その時はもうこのきれいな衣服などは要らなくなります。
私の心の病は若くしてこんなにも老けてしまいました。
もうしばらくこのきれいな衣服と永遠の若さをお与え下さい!
「Mignons Gesang」ミニョンの歌 D.877-4 ただあこがれを知るひとだけが
あこがれを知る人にしか私の悩みは分かりません!
ああ、私が愛するお方は、あまりにも遠いところにいるのです。
私のこの胸の燃える高鳴りは、あこがれを知る人にしかその悩みは分かりません!
(他、本曲はミニョンと竪琴弾きの老人との二重唱曲があります)
9月のコラム 2021年9月
雑感<その10>
F.シューベルトの歌曲は、短絡的であるが叙景的、抒情的、素朴な有節的歌曲群であると思えるが、この多様性をいちがいに断定でき得ない要素に満ちている。
例えば、歌曲集「美しき水車小屋の娘」は、素朴な有節情景的歌曲に思えるし、歌曲集「冬の旅」は、情景的抒情的な歌曲のように思える。歌曲集「白鳥の歌」におけるH.ハイネの詩による歌曲集は、印象的手法、朗誦的手法が伺え、後の作曲者たちに影響を与えている。
F.シューベルト、彼の作曲活動に要した期間は1811年から1828年と考えたとき、17年間という短い期間であり、その間600余曲の歌曲を書いたと言われている。これらの歌曲を見渡した時、ゲーテの詩をテキストにした73曲の歌曲が特筆されると言えよう。
なかでもゲーテの「ウィルヘルム・マイスターの修業時代」から<ミニヨンと竪琴弾きの老人>の詩は好んで読まれ歌われている。シューベルトはこの詩の付曲によってゲーテの詩の世界を拡大し補っているように思える。
ゲーテの「ウィルヘルム・マイスターの修業時代」について
主人公マイステルは裕福な商人の息子であるが演劇の情熱に取りつかれて旅回りの一座に加わり各地を遍歴している。その旅の中で竪琴弾きの老人と薄幸な少女ミニヨンに出会う。
竪琴弾きの老人はイタリア貴族の出であるが、幼くして養女に出された妹とそれとは知らず愛し合い二人の間にミニヨンが生まれる。だが、幼い時ミニヨンは誘拐され行方不明になってしまい、やがて北国ドイツで二人は邂逅し、親子とは知らずに不幸な境遇の中で親しくなるが、ミニヨンは病死し、後に老人は彼女が実の娘であったことを知り運命の翻弄に耐えられなくなり自ら命を絶ってしまう。
竪琴弾きの歌
Ⅰ.Wer sich der Einsamkeit ergibt
ウィルヘルムが老人と初めて知り合い、歌い方の絶妙さに心惹かれ老人の家を訪ね、あなたの好きな歌を歌って欲しいと願い老人がそれに応え歌った曲、
Ⅱ.Wer nie sein Brot mit Tränen aß
ウィルヘルムが老人の宿を訪ねたとき、老人が一人弦をつま弾きながら歌っている曲、
Ⅲ.An die Türen will ich schleichen
老人への様々な疑いや不審な素振りが誤解され、その不幸な噂のどん底の中で一人庭に出て歌っているのをウィルヘルムが耳にする。
主人公マイステルを取り巻く人間は多いが、作中の人物や出来事と直接間接に絡み合い密接に織りなしているのは「ミニヨンと老竪琴弾き」との物語である。薄幸な少女ミニヨンとその不幸な父親である老竪琴弾きとの運命は全巻を通して最も美しく深奥である。
竪琴弾きにおいては罪と後悔への深みへ、ミニヨンにおいては女への憧れ、蕾が開く前の予感に満ちている。ミニヨンの歌う「ただ憧れを知る人だけが」や竪琴弾きが歌う「涙を流しながらパンを」の歌をしらないものはないであろう。この詩と散文、抒情と叙事の混融は類のない作品となっている。
この詩について後に3人の作曲家が付曲しているが歌唱順番を異にしている。
F.シューベルトの場合
Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの順で歌い、切羽詰まった精神性が感じられる。
R.シューマンの場合
Ⅱ・Ⅰ・Ⅲの順で歌い、詩の流れから淡々とした中にも朗々とし劇場的である。
H.ヴォルフの場合
Ⅰ・Ⅲ・Ⅱの順で歌い、ドイツ・ロマン派の主なる最後の作曲家として良く歌われ、詩と音楽が全く対等に扱われている。
尚、薄幸な少女ミニヨンについては、次回「雑感11」で述べてみたい!
4月のコラム 2021年4月
雑感<その9>
~ドイツ歌曲に於ける美的基礎の確立~
人間の歴史の中で時代の条件や葛藤によって結実された「文化」を想像することは楽しいものである。音楽の歴史、ここには確実にその時代の「文化」が息づいている。
さて、文芸・芸術におけるロマン主義運動は、19世紀の特質であるが、本来ロマンティックな傾向とは、心の秘奥に備わっている最も自然な精神であり、それはある精神的な刺激によって喚起され活動するものであるといえよう。
芸術活動におけるロマン主義運動は、そのような刺激が圧倒的になりその様式が支配的になって、作品の形式・内容を決定し確立していることは歴史が証明している。
初期ドイツ・ロマン主義(1775年頃)とは、はじめのうちは文学の世界に現れ、いわゆる「疾風怒濤」(Sturm und Drang)の時代であり、この時代は、ゲーテ、ヘルダー、シラー等の活躍したドイツ・ロマン派芸術の夜明けともいわれている。
F.シューベルト(1797-1828)
彼の生きた時代は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期と言われているが、感情表現は既にバロック・古典派へと一般化され重要な役割を演じていた。先に述べたようにゲーテ、シラーをはじめ文学(詩歌)の世界では既に感情表現は重要なテーマとなっていたが、音楽の世界では19世紀半ばに至ってようやく浸透し表現力は繊細になり多様化されてきた。多様化の例を述べるなら、シューベルトの時代ドイツで栄えていた家庭音楽(ハウスムジーク)がウィーンに浸透しサロン音楽として楽しい多くの歌曲が歌われていたと言われている。(F.シューベルトについてはいずれ述べたいと思う)
H・ハイネ(1797~1856)
R・シューマン(1810~1856)
この詩人・音楽家の生まれた頃のドイツ文学は、まだ啓蒙主義文学に革命的であった「疾風怒濤」の老大家たちは存命していたが、青年時代の情熱はうすれその方向性を失っていた。一方音楽はこれまで文学・美術にあまり関心をもたず独自の性格を固守するのみであったが、ここにきてロマン主義の理想が芽生えてきた。
H.ハイネ、彼の青年時代は、フランス革命、7月革命と先進国の自由な風潮を予感しながらも、まだ近代国家としてのドイツ統一の理想は遠く、封建諸国家による自由の抑圧は身近に残っていた。ハイネは自身が述べているように「私はゲーテのような“生”の人間ではなく“イデー”の人間である」と、その天真爛漫な性格は容易にとけこめる時代ではなかった。
R.シューマン、彼は音楽におけるロマン派精神の化身であるといわれ、彼のロマン的な特性は、文学的な素材、ジャン・パウル、フリードリッヒ・リヒター、ホフマン、リュッケルト、アイヒェンドルフ、
ハイネたちの文学が、彼の精神構造の中に深く宿っており彼の感情の高揚はいつもこの仲間たちの幻想的な詩に合致し、ここに「詩と音楽の結合」という新しいロマン主義的思想として育まれ、ドイツ歌曲における美的な基礎が確立したといえるだろう。
11月のコラム 2020年11月
雑感<その8>
「歌の世界」~美的規範~
「歌」には、その人(作曲者・演奏者)の素顔が反映されているといわれるが、「歌」は創ろうと思っても創れるものではない。日頃の何気ない心の動きが音楽的感性に共鳴し表現されているものと考える。
そこで私は自身の演奏経験そして今日の音楽教育に於ける所感を併せて「歌の世界」と題し述べてみる。
具体的には、W・A・モーツァルト、F・シューベルトを語りながら学校教育では触れられていない人間のありのままの姿を指摘し、それが「美的感性」として表現されているヨーロッパを例に思索してみた。更に人間の感情に関係深い文化を考慮したとき、この自由な人間性を支えているヨーロッパの「共通の思想」(美的な感性はその一例である)が美的規範として位置付けられていることについて指摘してみたい。
W・A・モーツァルト、彼の書簡集の中に有名な「ベーズレ書簡」があるが、彼は臆面もなく卑猥な言葉を連発し、健康的なエロティシズムを発散させている。一説によるとモーツァルトがこのような品性のない言葉をはやしたてている時は内心豊かな“楽想“が沸いているときといわれている。このようなモーツァルトに対して「教科書」の中では、あくまでも「神童」(特にウイーン郊外の離宮シェーンブルン宮殿での神童ぶりは逸話風に有名である)として賞賛され、彼の糞尿譚(スカトロジー)に関する健康的な”笑いや遊び“については何ひとつ触れられていない。
驚くことに彼の音楽の中に「ウンチの歌」(Caro mio Druck und Schluck K.571a)がある。大変堂々とした美しい曲想で声楽アンサンブルの世界を見事に表現した名曲・重唱である。私はかつて所属していた演奏団体「ムジツィーレン」で下記タイトルで演奏の経験がある。
〇第6回「独唱と重唱によるモーツァルトの夕べ」昭和50年11月 東京薬学会館ホール
〇ムジツィーレン特別演奏会(ルーテルアワーコンサート)「独唱と重唱によるモーツアルトの夕べ」、昭和52年(東京ルーテルセンター・チャペル)FM東京放送番組「夜の名曲」公開演奏会(実況録音放送)
本曲は、詩の内容と曲想のアンバランスは、彼の性懲りのない天衣無縫な性格を表しているよい例である。
F・シューベルト、彼は弱冠31歳の若さで長年梅毒に苦しみながら貧困のうちに伝染病を併発してこの世を去ったという。文字通りのボヘミアンである。本人は涙ぐましい努力をしたにもかかわらず生涯陽の当たることはなかった。そんな彼が「僕は度々自分がこの世に所属していないような気がする」と語っているが、絶望の深淵に立たされながら“夢見る理想の世界”を求め続け、バラ色の愛の調べ<セレナーデ>を歌い、音楽への感謝<音楽に寄せて>を歌っている。
彼の抒情(憂愁)にみちた600余曲の美しい音楽(歌曲)、なかでも死を目前にしたあの最期の作品「鳩の使い」(歌曲集“白鳥の歌”終曲)は、彼の人生を象徴する作品として指摘したい。そしてこれらの楽曲の背景に絶望の人生を呻吟しているシューベルトの姿を思い浮かべたとき教科書にある“歌曲の王”としての賞賛はあまりにも短絡的な捉え方であるとして違和感を感じずにいられない。
「歌の世界」は、このように歴史の中の、音楽の中の、個人の中に於ける「陰の部分」をいかに品性を失わずに表現するか、ヨーロッパでは昔からこれらを「美的感性」として、健康的に自由に処理できる『共通の思想(美的規範)』が息づいていることを発見するのである。
8月のコラム 2020年8月
雑感<その7>
歌の情趣~芸術の混和について~
「ドイツ歌曲」は、今日人間の心(魂)を表現するものとして国際的に共通の概念となっている。この「歌曲」の礎石は、19世紀ドイツ・ロマン派、F.シューベルト、R.シューマン、J.ブラームス、H.ヴォルフたちによって、その豊饒なうねりは示されている。
「情趣(Die Stimmung)」とは、彼らが求めたテーマ「夢と愛、幻想と情熱」への個々人の情趣であり、長い音楽の歴史の中で、これほどまでに個々人の「情趣」が重んじられた時代は見当たらない。その最もロマンティックな人物、R.シューマンを紹介しながら、彼の作品を例に<詩人と音楽家>の「情趣」について、以下の項目に従って述べてみる。
1、初期ドイツ・ロマン主義の思想
2、音楽の「情趣」について
3、歌曲集「詩人の恋」作品48について
4、R.シューマンの「情趣」について
19世紀の最もロマン主義的な性格について述べるなら、「種々の芸術の混和」があげられる。それまでの音楽は、詩や絵画・彫刻等とはいつも切り離され独自に歩んでいることが多く、ここにきて相互の接近・融和が芽生えてきた。たとえばドイツ歌曲における“音楽を詩的に、詩を音楽的に”という融合は、ロマン主義思想の重要な性格を示す一例であり、「ドイツ歌曲の誕生」の礎石となっている。
19世紀の音楽における「情趣」は、ロマン派音楽の特徴的な気分を意味し、それはメンデルスゾーン、シューマン、ショパン、リスト、ブラームスの作品の中にも色濃くみられる。歌曲における「情趣」は一般に“詩想が楽想に先んじ、楽想は詩想に暗示されている”といわれるが、詩人と作曲者の「情趣」は必ずしも一致しているものではない。寧ろ異なる例はたくさんある。しかしながら、詩想と楽想は反応し合い、詩想も“生きている”し、楽想も“生きている”といえよう。その例をR.シューマンの歌曲集「詩人の恋」を例に、文学的詩想と楽想について指摘してみる。
作曲者R.シューマンは、その創造の過程で彼の歌曲はロマン的文学の限りない詩想を、音楽というきわめて特殊な純粋さと愛によって受け入れている。そこではいかなる文学(詩)もごく自然に吸収され、彼にとって「詩」とはあくまでも「音楽」への詩想を得るためのものであった。それ故に詩人への、詩への、文学的敬虔さはあまり尊重されていない。
歌曲集「詩人の恋」をみても「言葉」は自由に付け加えられ、置き換えられ、繰り返され、取り除きは勿論、自分の楽想にとけ入る詩句を発見しては挿入したりしている。それは文学的な詩人からみれば、あまりにも特殊な情緒に浸った半詩人的空想・幻想のように見えよう。しかしながら、彼の音楽の本質はいつも一貫した音楽的理念に基づく詩的な響きにあり、反復・繰り返し・色彩・華やかな和音は、「言葉」に対する彼の音楽的主張なのである。それはあたかも彼の心の内奥の言葉のように語りかけ、詩のために音楽を、音楽のために詩を創造しているかのようである。このような彼の「音楽」と「言葉」の調和は、その後の歌曲芸術の基調となって音楽家が詩人に、詩人が音楽家になり得る芸術の結びつきを予感させていた。
H.ライヒテントリットは、「R.シューマンにとって~詩的~という言葉は~音楽的~という言葉と同じ意味であり、彼にとっては、音楽の本質、その芸術的な開花は必ず詩的なものでなければならなかった」と述べているが、彼の作品における信条は、歌曲を詩的な高みへと導き、その魂の若々しいゆさぶりは、まさしく彼の「抒情」であり、文学と音楽の混和によって開拓された彼の世界「情趣」なのであろう。
雑感<その6>
前回は「声の技法」について二つの課題(目安)について述べてみたが、ここでは如何に認識し要約したらよいか記してみよう。
一、 発声器官・機能をいかした無理のない美しい響きを得るための訓練、
二、 明晰な言葉を発音するための訓練、
「声の技法」の目安は、まさにここにあると言えよう。では具体的にいかなる状態にあればよいか。
「広い空間で長時間耐え得ること」
この一言に集約されているように思える。今日、<広い空間>に関しては、音響効果の整った音楽ホールや拡声機器等の普及によってある程度満たされているが、<長時間耐え得ること>に関しては、どのジャンルの歌唱者にとっても大きな課題である。そのためには「合理的な発声を体得すること」
が重要になってくる。合理的な発声とは、身体に無駄な片寄った力みのない発声のことで、前述一、に該当する。言い換えるなら、身体が「楽器」として機能するための訓練である。
この姿勢を「声楽的姿勢(身体の楽器化)」と言えよう。この「声楽的姿勢」を基調とした実践的な「声の技法」について述べてみたいが、その過程に於いて、前述二、を加味し進めてみることとする。
具体的には、発声器官、特に「共鳴腔」の役割を解説し、<声域・声種・声区>という声の特性を認識しながら、実践的な「声の技法」へと発展させてみたい。
その主旨は次のように要約できる。
・「声楽的姿勢」による横隔膜を中心とした呼吸法に基づく発声訓練
・「頭部共鳴」特に鼻腔を中心とした共鳴器官の働きに基づく発声訓練
・指定された音符をすばやく予知、予感し、柔軟な発声機能の、バランス良い拮抗感覚に基づく緊張状態での移行訓練
訓練方法としては、いずれも実技の伴う論理であるが、以下の項目で基本的一例を述べてみる。
・単音による発声訓練
・複音(音程)による発声訓練
・中声区域から高声区域への発声訓練
・高声区域の発声訓練
・中声区域から低声区域への発声訓練
・低声区域の発声訓練
・高声区域(頭部共鳴)から低声区域へのp(弱声)でのレガート唱法
さて、この訓練方法については、あくまでも<音楽する(musizieren)>ための技法であることを強調しておきたい。「声の技法」とは「音楽」を目指す「心の表現」であり、「技法」のための「技法」ではない。「声」そのものが、常に音楽を意図したものでなければならない。
教育者マーセルは「教育とは人格と知性の向上を意味します。そして技術はその向上のために欠くことのできない道具なのです。教育の大切な問題は、いかにして技術の習得を人間にとって有意義なものにするかということであって、いかにしてそれをなしですませるか、ということではありません。」と述べている。
マーセルの言葉は、音楽に置き換え(特に歌曲演奏者にとって)多くの思索を与えている。
6月のコラム 2020年6月
雑感<その5>
声の技法について
「声」について考えたとき<不意に発する声、叫声>と<ある程度統御して発する声>とに区分できる。後者を一般に「音声」と呼んでいる。
「音声」、日常生活に於ける音声は、大別すると<話声><歌声>に分けられる。この両者を比べてみると歌声は話声に対して、広い音域と豊かな音色、正確で繊細な動きと強弱、発音表現の明晰さ等、かなりの表現力を必要としている。
さらに大切な要素に「共鳴」がある。「声」を美しく豊かに表現するためには、この「共鳴」に満ちていることがなによりも大切であり、ピアノやバイオリンがその製作において伝統的に美しい響きを求め続けられていることは周知のごとくである。 そのことから、私たちの身体を考えてみたとき、身体はもともと美しい<響き>を目的としているものではない。複雑な器官・機能のたゆみない訓練の積み重ねによって駆使し、声が「楽音」となり得るよう研究しているのである。この研究過程を『声の技法』と呼んでいる。
それでは声楽における「声の技法」について述べてみるが、はじめにその「目安」をどこに置くかということから進めてみよう。
私たちのまわりに奏でられている音楽の領域は広い。その中で「言葉」を扱うことのできる楽音は「声」だけである。言葉を扱うということは「詩」を理解し、感じ、表現することである。すなわち「歌う」ということである。言い換えるなら「歌う」ということは詩的な世界にアプローチする行為であり、そこでは詩人のような感性とスポーツマンのような機敏な肉体(発声体)が要求される。
以上歌唱者に対する第一の課題(目安)である
次に、声楽における「言葉」と「音楽」の関係は古くから論じられているが、その例を中世以来、ヨーロッパ音楽の頂点として開花したロマン派の作曲家、J.ブラームスとH.ヴォルフの歌曲を例に考えてみる。
E.ヴェルバ(世界的な歌曲伴奏者)は著書の中で「ブラームスの意識的に悠然とした創作とヴォルフの忘我恍惚とは、既に音符の姿に於いて極端な対照となって表現されている」と述べているが、私の実践研究からの所感を加えるなら「ヴォルフの音楽は詩人の心に沈潜し、詩の内容や抑揚から旋律が生まれている」と言えるのに対し「ブラームスの音楽は常に意識的で悠然とした旋律の造形美に満ちている」と言えよう。
この二人の作曲家に代表されるように「言葉」が大切か、「音楽」が大切かについての問題は、これからも論じ続けられるであろうが、演奏者である私は、端的にそのいずれをも大切であると考えねばならない。なぜなら、声楽表現の基礎「発声」は、発声器官で行われ、「言葉」は、言語器官で行われているからである。言葉を軽視した発声器官に偏った声、反対に言葉の強調のあまり起きる声の欠陥はいずれにしても音楽表現上効果的ではない。
このように「声」が声楽表現の重要な役割(素材)にあり、音楽が作曲・演奏の二元芸術から成り立っている以上、声の存在を無視し論ずるわけにはいかない。そこで、この両者(言葉・音楽)が互いに作用し合いながら、合理的な道筋を発見し、起点とした『声の技法』が考えられなければならない。
以上歌唱者に対する第二の課題(目安)である。
けれども、声楽には「言葉」が音楽以上に「音楽」を感じさせる場合もあれば、「音楽」が「言葉」では表現でき得ないものを伝えている場合もある。前者はフランス・シャンソン等に発見できるし、後者はヨーロッパ中世の音楽、グレゴリオ聖歌やイタリア・オペラ等に見られる。
同様に、歌唱者の表現上の特性においてもいえよう。F.シューベルトやJ.ブラームスの旋律線の造形を優先させる歌唱者、R.シューマンやH.ヴォルフの言葉による動きを優先とする歌唱者の存在もある。
以上二つの課題(目安)について思索してみたが、それでは『声の技法』をどのように認識し要約すれば、、については次回「雑感6」で述べてみたい。
雑感<その4>
「新型コロナウイルス」は中国に端を発し、瞬く間に世界中に拡がってしまった恐ろしいウイルスである。人々は不安に慄きその拡散(パンデミック)を恐れている。 先ごろ某合唱団内のクラスター報道以来、歌う事への偏見は誠に困ったものである。
歌曲アンサンブル研究会<例会>は自粛を余儀なくされ、従来の例会は暫くの間延期とすることとなりました。
それに替わりオンライン講座を企画、研究に重きを置いての活動を進めています。
本自粛期間中以下所感を記してみました。
歌曲について
主にドイツ・ロマン派歌曲についての所感を述べてみよう。ドイツ歌曲は19世紀に栄えた芸術文化の典型的な落とし子と言えよう。
歌曲とは、本来心に受けとめられた感情や印象を音楽的感性によって昇華されたものでありそこには繊細な感受性が伺える。“空に舞う雲、夜空の星、野辺に咲く草花そこに鳴く虫の声”これら自然の動きや日常生活にある“平凡な事物”に生き生きとした<生の姿>を発見し、与えられる心、そこには充実した「生命感情」が満ちている。
例をあげるなら、芭蕉の句「古池や蛙とびこむ水の音」彼の代表作であるこの句に、 鈴木大拙は解説している。
~芭蕉が<水の音>を聞くまでは蛙だの池だのと所謂客観世界は全く存在しなかった。
その価値が芭蕉によって認められたとき、それは芭蕉にとって一客観世界の端緒または創造であった。それ以前の古池は無かったも同然なのである。それは一片の夢にすぎず何の実在もなかった。芭蕉が蛙のとびこむ音を聞いたことに触発されて、詩人自身をも含む全世界の面目が無から跳ねり出たのである。この作者にとって、我は古池であり、我は水音であり、我は実存のこれら全ての個々別々の単位を包含する実在そのものである~と。
さて、そこで私たちは多くの巨匠といわれる人たちの音楽作品を研究するとき、次のように要約できるものと考える。
・繊細な感受性
・表現のための厳しい基礎訓練
・最も適切な理性(知性)
・豊かな環境での多くの経験
具体的には、先の巨匠たちの作品を手にし、その秘奥に宿る芸術性を発見し豊かに奏するためには積極的な「技術・知識・能力」の獲得に励まねばならない。
「技術的」には、声楽の場合、呼吸法・構音法(アーティキュレーション)・読譜力・リズム感・記憶力等、さらに音楽の演奏法を根気よく学びその能力を高めることである。 これらは師の適切な指導・助言のもとでの錬磨が適切であろう。
「思索面」では、作曲者・詩人等の味わい深い人生の調べに触れながら音楽の歴史性や時代性についてできる限りの手段と方法を求め洞察することである。そのためには語学的・文学的・哲学的等の思考が背景となるであろう。
これらの「専門的訓練・学問的研究・芸術的洞察力」を求めていくことが何よりも大切となり、それは個人的研究が基調になるものと考える。
その意味でもう一度巨匠たちの作品にふれてみよう。それは芸術的な心の吐息に思え人生の愛の響きのように伺える。
「音楽」それは人間の心の燃焼であり人生の響きであろう。この伝統ある音楽の語りかけに対して私たちは常に情熱をもって実践的に表現していかねばならない。
それは極めて主観に基づいた客観性が求められ、創作者・演奏者・聴者によって語句では表し得ない心の世界が展開されるものと考える。
2月のコラム 2020年2月
雑感<その3>
「呼吸法」について
歌唱に於ける大切な「呼吸法」について述べてみよう。
「呼吸」は音声器官の重要な一要素であるが、私たちは口や鼻から空気(酸素)を吸い肺に入れ再び口や鼻から炭酸ガスとして排出している。この動作を「呼吸」と呼び、無意識的に休みなく行っている。
日常的には無意識呼吸で充分であるが、歌うときにはこれを意識的なものにしなければならない(呼吸の制御)。
ここに「普通の呼吸」と「歌唱の呼吸」の違いがある。
普通~無意識呼吸~吸気が中心
歌唱~意識呼吸~呼気が中心
無意識的な呼吸の原理とは、まず肺は自分の力では運動はできない。肺を大きく拡げてといっても肺自体では無理であり、胸郭の運動によって空気の出し入れは行われているからである。胸郭すなわち肋骨の働きである。この肋骨は十二対あり七対は胸骨に付着し、あとは胸骨から遊離している。故に肋骨内の容積を自由に変化させられる。変化させる主役は筋肉であり肋骨拳筋(背骨と結ぶ筋肉)と肋間筋がそれに相当する。
空気を吸うときはこの筋肉が肋骨を押し上げ拡げ、吐くときは主に肋骨自体の重さで収縮する。
一般に「呼吸」には胸式と腹式があると言われるが、歌唱に於いてはこの腹式呼吸を中心に用いた方が良い。前述のようにただ生理的な呼吸であるなら胸式でも腹式でも問題はないが、歌うための呼吸は吐く息をできるだけ長く持続させる必要がある。しかも肋骨は私たちが考える以上に重いもので、肋骨を肋骨拳筋と肋間筋によって押し上げ拡げた状態で保つことは非常に苦しいものである。
そのために不本意ながら首筋・肩・腕等、周囲の筋肉の硬直を招いてしまう。「歌う」と言う事は呼吸だけが最終目標ではない。滑らかな声を表現することが大切であり空気の出し入れに必要な筋肉以外は柔軟に保つことが重要になる。
そこで必要になるのが横隔膜である。すなわち「腹式呼吸」である。腹式呼吸は別名横隔膜呼吸と言い、肺に入った空気を横隔膜によってコントロールすることである。横隔膜は胸腔と腹腔の二大体腔を分離して存在し胸腔に向かって凸面を為している。そして周囲の筋肉の収縮により横隔膜も収縮し凸面が平面になり、胸腔が拡がり腹部臓器が下方におしつけられるのである。外見上は腹部と側部が膨らむことになる。私たちが横隔膜呼吸の訓練の目安をこの膨らみを意識することによって確認することも一つの方法である(横隔膜側腹呼吸)、そのためには腹筋をはじめとする腹部周囲の筋肉(呼吸筋)の鍛錬が不可欠となる。
さて、それでは今まで述べてきた胸式呼吸と腹式呼吸の知識を前提に歌唱における理想的な呼吸法とは何かを考えたとき、私は胸式と腹式を調和した「胸腹呼吸」であると答える。胸式呼吸の欠点は前述したが、よく歌唱のときは胸式ではなく腹式でなければいけないと言われるが、本来そのような言い方は偏っている。なぜなら「胸郭を拡げ横隔膜を下げる」ことによって立派な胸腔ができあがるからである。
ただ胸郭と横隔膜の復元力を意識的にコントロールするためには、より腹部(身体の低い位置)に中心の感覚を置くということが大切になる。このことを私たちは「息の支え」と呼んでいる。この支えの感覚は発声時の最も大切な基調であり記しておく。
4月のコラム 2019年4月
雑感<その2>
「歌う」ということは多くの利点をもった行為であります。肉体的・精神的に寄与すること大であります。肉体的には内臓の筋肉を活発にし、臓器を正常に保ち得ると言われています。また精神的には昨今心の問題が問われていますがストレス等の解消に役立ち音楽療法がその分野の研究者たちによって多くの臨床例を提供していることも頷けます。その他内気で孤独な性格を変えたり、人との和合の精神を育てたり例をあげれば「情操的」「教育的」にいくらでもあげられます。
いずれにしてもその成果を得る為には正しい方法による基礎的訓練が必要になってきます。この「歌う」ことの基礎的訓練として最も大切なのが「発声法」であります。自分の情感を自分の声に託すことができ美的領域にまで高める為の第一歩が「発声の研究」であります。
私たち人間には長い生の歴史や心の歴史がありますがそれは先駆者たちがその時代の条件や葛藤によって様々な文化を結実させてきました。文化とはその時代時代の心の結集、すなわち形式(様式)として昇華されたものであると考えたとき、音楽も同様であり決して例外ではありません。音楽の歴史を見渡すと確かに楽譜の中にはその時代の息吹が伺えますしそれはまさしく生の響きであり練り上げられた心の響きであると思います。
11月のコラム 2018年11月
雑感<その1>
広い音楽の領域の中で私たちは「歌う」という行為を知っている。あの幼稚園で、小学校・中学・高校でごく自然に体験してきました。にもかかわらずこの行為はまだまだためらいのある行為といえましょう。
「歌う」ということは、叙事詩や抒情詩を音楽的に語ったりその情感を声そのもので表現したりする行為でありますが日本では昔から詩歌を味わうということは目で見て目を通して感じ心で燃焼するという傾向があります。西洋では詩歌を味わうと言うことは人が集い朗読し耳を傾けその響きを鑑賞すると言うことが一般的であると言われています。自分の心の中だけで燃焼することと皆が集まって一緒に耳を傾け鑑賞することでは随分と違ってきます。日本人にとって「歌う」という行為はまだまだ躊躇のいる行為でありますが、世界は交通の発達と共に狭くなり東京が世界の主要な音楽市場となった今日日本がその固有性だけを保っていける時代は過ぎ去ったと言えましょう。
国際社会ではいかに自己を主張し意見を表現できるかが必須でありますが、優れた日本の精神文化を国際性あるものとして認められるためにはひとつの手段であると考えます。日本人には能力技術力がありながらまだまだ自信をもって「表現」し得ないもどかしさがあります。いやむしろ「表現」しないことが美徳とされている風土さえ見られます。これは多くの問題を提供しています。日本人としての独創性を素直に「表現」するためにはまず「歌う」ことから始めては如何でしょうか。
演奏会のお知らせ
第8回音絵巻 ~日本とポーランドの架け橋~ 2025年モニューシコ音楽祭招聘記念
横田理恵ソプラノリサイタル 燦めく時空のうたVol.Ⅵ
フランスの調べをあなたにVol.20《アンコール!フォーレ》~ガブリエル・フォーレ全歌曲演奏会Vol.5~
アナリーゼ勉強会のご案内(2024年度後期)
〈友〉音楽工房シリーズ 第31回生誕110年の作曲家たちⅡ
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)没後120年 八雲が愛した日本の心~歌と朗読で綴る妖精たちの世界~
松本圭子ソプラノリサイタル
邦楽器と共に〜新作歌曲を揃えて〜
團伊玖磨 生誕100年記念 未出版の声楽作品を集めて
平澤仁 ヴァイオリンリサイタル ピアノ 末松茂敏
ー平和を祈ってー 天満敦子&寺島夕紗子&末松茂敏 トリオコンサート
末松茂敏ピアノリサイタル
セルクル・イグレック2024年度第三回特別講座「エヴの歌を巡って」~神とエロスのはざまで~>
小林真理 メゾ・ソプラノリサイタル 湘南、北斎、芭蕉を歌う~現代曲は面白い~
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〜ルネサンス&バロック音楽の遊び方~(日本コダーイ協会全国大会inYokohama古楽コンサート)
伊藤和子・竹下裕来ジョイントリサイタル
60分コンサート~フランス音楽への誘い~フォーレ没後100年
松下倫士ピアノコンサートvol.2~テノール・クラリネットと共に~
日本フォーレ協会 第35回演奏会 フランス歌曲の歴史Ⅱ~円熟期のフォーレ、歌曲とピアノ四重奏曲~
浜田広志バリトンリサイタル 〜どうぶつとにんげん〜
Salve Band第3回公演
フランスオペラ・フランス歌曲のレクチャーコンサート オペラアリアと歌曲でめぐるフランス音楽の精華
ヴァイオリン&ピアノ デュオ・リサイタル
やわらかな春の陽に デュオリサイタルVol.2
SENZOKU GAKUEN 100thANNIVERSARYプレミアムコンサート 〜午後のひとときにフランス歌曲を~
末松茂敏ピアノリサイタル
Afternoon Concert 麗しの春~恋するヒロインたち~
加藤詩菜ソプラノコンサート~美しい日本の歌~
三縄みどりプロデュース 感謝をこめて 生誕100年を記念して 中田喜直の世界
竹下裕来ソプラノリサイタル
歌曲アンサンブル研究会 第2回推薦コンサート「中田喜直生誕100周年記念~そのフランス音楽からの影響に触れて~」
三縄みどりソプラノリサイタル 松下倫士の世界を歌う
オペラ 卒塔婆小町
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作曲 フランソワ・ファイト François Fayt
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歌曲の花束 vol.17中田喜直生誕100年を記念して
中田喜直 歌曲の夕べ ~生誕100年を記念して~
広川法子 ソプラノリサイタル 愛の調べ~水無月によせて
F.シューベルト作曲 連作歌曲集 「冬の旅」(2022年12月6日に予定されていました公演の延期公演です)
オペラのまど主催 第3回公演 新作ミニオペラ 「どろぼうだいしゅうごう」 前田佳世子 作曲
F.シューベルト作曲 連作歌曲集 冬の旅
第91回コンセール・C(セー)創立60周年記念演奏会
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60分コンサート ピアノとお話 南日美奈子 ~イタリアへの誘い ピアノでたどる光と翳~
感謝をこめて 三縄みどり古稀記念コンサート
本宮廉子 ソプラノリサイタル フランス歌曲と日本歌曲 ~水の都に憧れて~
前田佳世子個展Ⅱ 歌曲とモノオペラ
セザール・フランクの音楽世界とフランス音楽への広がり~生誕200年に寄せて~
二期会日本歌曲研究会 こころの調べ Vol.31 別宮貞雄生誕百年に寄せて
また来る春に vol.10
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今、燦めいて!vol.2
ベル・エポックのオペレッタ 小林真理と若い歌い手たち
アフタヌーンコンサート~世界の名曲と子守歌の調べ~
YAA第329回例会アフタヌーンコンサート
寺島夕紗子&末松茂敏オータムコンサート
広川法子 ソプラノリサイタル
Mouvement perpétuel第10回特別演奏会 "Dépaysement"
フランス声楽曲研究団体Mouvement perpétuelによる演奏会
末松茂敏ピアノコンサート~名曲の花束~
天満敦子&末松茂敏デュオリサイタル
末松茂敏 ピアノリサイタル
アンヴォワ・ドゥ・シャン 特別公演Ⅰ ~珠玉のフランス歌曲・オペラアリア・日本歌曲~
末松茂敏 ピアノリサイタル
第29回 日本歌曲の流れ ~前田佳世子 作品とともに~
第29回 日本歌曲の流れ ~前田佳世子 作品とともに~
アンサンブル・ヴァリエの気まぐれコンサートⅣ~ベートーヴェン~
神谷 明美 ソプラノ リサイタル
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新型コロナウィルス感染拡大防止を考慮し延期いたします。開催日程は調整中です。
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【中止のお知らせ】
3月19日に延期実施を予定しておりましたが、諸事情により中止の決定をいたしました。
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【中止のお知らせ】
新型コロナウィルス対策として、中止いたします。
YAA創立40周年記念コンサート~YAAが贈る音楽の花束~
【開催日程のお知らせ】
新型コロナウィルス感染拡大防止を考慮し延期しておりましたが、開催日程が決定しました。
*プログラムには若干の変更があります。
♪サロン・フランセ 【テーマ:アートと音楽】
【延期のお知らせ】
新型コロナウィルス対策として、延期いたします。開催日程は調整中です。
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寺谷千枝子 リサイタル
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津田理子ピアノリサイタル ~響きの持つ多面~
Berry sound Concert Kanuma 末松茂敏ピアノリサイタル
お洒落なフランスオペラのコンサート 小林真理と若い歌い手たち ~第14回鎌倉芸術祭参加~
~Autumn Concert~ 末松茂敏&寺島夕紗子
レスピーギ歌曲の世界 -嶺 貞子先生に感謝をこめて-(二期会イタリア歌曲研究会 定期演奏会LV)
Lyric Songs Concert
ドイツ歌曲とピアノの夕べ
アンサンブル・ヴァリエの気まぐれコンサート~いっかいめはモーツァルト~
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二期会サマーコンサート 「オペラに魅せられて」
四季の歌シリーズ25 晩夏
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八重樫節子 橋本国彦を歌う ~日本の歌シリーズ 第4回『橋本国彦』~
広川法子ソプラノリサイタル
中一乃 末松茂敏 中村潤 ジョイントコンサート
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イギリス歌曲演奏会
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